生涯現役で

自宅マンションのエレベーターで、築地場外に古くからある喫茶店のママさんと一緒になった。

その喫茶店には、お目当てのカフェがいっぱいで入れなかったとき、仕方なく一度だけ入ったことがある。

テレビがついていて、市場関係者と思われるお客が新聞や雑誌を読みながら、あるいはマスターやママと世間話をしながら、みんなタバコをぷかぷか吸っていて、どうということもないコーヒーや、トーストや、昔ながらの喫茶店には普通にあるクリームソーダなどのメニューがある。

市場事情に合わせて朝7時ごろからモーニングをやっていて、ランチタイム後の14時くらいには閉店する。

ママさんは、御歳70はとっくに超えていると思うが、若い頃はさぞかし美人だったであろうという顔立ちで、しっかりメイクをしていて、ヨタヨタと老齢ながらも元気に働いているという感じ。

同じマンションに住んでいるようで、時々お見かけしては勝手に親近感を持っていた。この方は、仕事を辞めたら弱ってしまいそうで、いつまでも健やかにあって欲しいと、お見かけするたびに陰ながら思っていたのだ。

わたしが乗ったエレベーターに途中階から階下へのゴミ出しのため乗ってきたママさんに、

「喫茶店のママさんですよね」

と声をかけさせていただいた。

ママさんは、わたしの顔をまじまじと見つめて、記憶のコンピューターを動かしている。

「失礼ですけど、どこかでお会いしたことがありましたかしら」

「いえ、以前たまたまお店にお伺いしたことがあって、いつも元気で頑張っていらっしゃるなぁと遠くから見て憧れてたんです」

と話すと、嬉しそうに笑ってくださった。

聞けば、お店はもう40年にもなるそうだ。ご主人と二人でずっと。

築地市場移転後も変わらず営業されるそうで、いつまでも元気に頑張ってくださいと、陰ながら応援していますと話してお別れした。

高齢になっても仕事ができるということは幸せなことだ。

あの方は、お仕事をしている限り、ボケることもないだろう。

 

いま、脳を活性化させることが目的という速読教室に通っていて、そこで何をするかといえば、目を高速で動かすために本の字を追って、3倍速の英語速聴テープを聞きながら、おしゃべりをするというものだ。いろんなことを同時に行なうことによって、脳が活性化するという。

やってみると面白いもので、じんわりと脳が温かくなって気持ちいい。さながらナチュラルハイだ。

速読に関してはわたしは最初から優秀のようで、測ってみると人より読める文字数が多く、その教室も速読を目的にするというよりは、そのナチュラルハイを楽しみに行っているようなものだが、なぜ優秀だったかといえば、一つは16歳の頃から単車乗りであったということが大きい。

スクーターと違って、細かなギア選び、そしてスピード。都会の道路に出れば、様々な情報処理を一度にしなければならないし、かっ飛ばし屋だったわたしは常にパトカーや白バイがいないか気にしていたし、街の様子や季節感を感じることも忘れなかった。

英語の歌の歌詞も、タンクバッグに歌詞カードを貼付けて、バイクを走らせながら憶えたものだ。

バイクに乗っていると、脳がフル回転しているのだが、どこかしーんと醒めている部分があって、わたしにとって走ることは瞑想や祈りと同じことだった。

そしていま、一人で店を切り盛りしていることが、それに取って代わっている。

暇な店なのが残念だけど、たまに忙しかったりすると脳が歓喜する。

カウンターのお客さんと会話しながら、全てのお客さんの様子をくまなく気にかけ、ドリンク、フードのオーダーをこなす。全ての動きが無駄なく迷いなく、きびきびてきぱきと。

伝票を書いている暇がないので、オーダーをすべて憶えている。美穂ちゃんの書き忘れてるオーダーも全部憶えている。お会計も暗算で。

我ながら、ものすごい処理脳力なのだ。

これほどまでに頭を使う仕事がほかにあるだろうか?わたしは、この仕事を辞めたらボケてしまうのではないか?

あの喫茶店のママさんのように、動けなくなるその日まで、店をやった方がいいのかも知れない。

それか、おばあちゃんライダーになるしかない。

いつまでも、キレッキレの脳力を保っていたいものだ。

 

 

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